たきぶろぐ

趣味や日記、時事ネタや坂道グループ、個人の意見などを夜7時に投稿する雑記ブログ

人間関係は見ている方が楽しいと実感した高校生時代[過去を振り返る#3]

たきです。

昨日の朝、左足の付け根にあるほくろから出血してることに気づいたんですけど、今朝になってようやく出血が止まりました(笑)。昨日は夜まで止まらなくて出血多量で死ぬんじゃないかって心配になってました。

皮膚科行くにしろ、一昨日皮膚科行って2000円取られたばっかだし、位置が位置なので医者に見せる時はパンツを下ろさないといけないくて嫌だなと思って行く気にならない(笑)。パンツ下ろすとなるとブツも見られちゃうじゃない?w今朝起きたら血も止まってたので、病院には行かなくて済んだのでよかったです(笑)

今日は昨日一昨日の記事に引き続き、高校生時代のお話をしていきたいと思います。
昨日の記事→髪と眉毛を燃やし、鼻から牛乳を噴き出した中学生時代[過去を振り返る#2] - たきぶろぐ、一昨日の記事→小学生の頃、先生がいじめに加担してた話[過去を振り返る#1] - たきぶろぐ

高校1年

僕は何度も言うようですが、人見知りで自分から積極的に話しかけることはしてなくて、高校でも人見知りを発揮して誰にも話しかけてなかったんですね。一応後ろの席の子に「どこ中?」とか話しかけられて「〇〇中」って答えたけど、会話は続かずそこで終わり。

クラスが始まった当初、僕の斜め前の席の子が一人で弁当を食べていたんですね。僕は話しかけようか迷ったけど、結局話しかけなかったです。そんぐらいコミュ障だったんです。

結局その後も誰にも話しかけられることなくクラスでは独り、俗にいうぼっち陰キャになっていたんですけど、別に苦痛って程ではなかったです。

僕がクラスの中で孤立していく中、クラス内ではグループが続々とできあがっていきました。特に力というか影響力があったのはグループA。

僕に一番最初に「どこ中?」と話しかけてきたAとAの前の前の席のB、後ろの席のC、Aの右隣のD、Aの左斜め前のE、その前のF。この6人が一つのグループをつくっていました。そして、そのグループAに群がる他のクラスメイト。

一年のクラスの時はリーダー格がAを含め3人居たのですが、ここではA1、A2として話を進めていこうと思います。

グループAは僕も含め、周りからすれば常に群がってケラケラ笑ったり、カラオケ行ったり遊びに行っていたり、すごい仲の良いグループだったんですよね。

でもある日、Fが試合かなんかで欠席したとき、Aが「Fはぼっち陰キャ」って言ってたんですよ。その場にはグループAのメンバーも居たし、担任の先生も居ました。予想できるとは思いますが...、担任はスルー、他のグループAのメンバーは「それな」と同調。おいおい、昨日まで仲良くしてたじゃねえかと僕は嘲笑。

その後日Aが「この前バスケ楽しかったな」とか言ってて、Fの後ろに座っていたEが「それな」と言い、Fはその会話を聞き「いいなあー俺も行きたかったなあ」とぼやく。用事があっていけなかったのか、誘われてなかったのか知らないけど、俯いてAには聞こえないようにボソッと言ってたから、まあ誘われてなかったんだろうなあと。僕はそのFを見てかわいそうだなと。

露骨に避けられたり、ハブられたりとかそういうことはなかったけど、まあ必要最低限の接触、避けてるってバレない程度の接触はしてた感じ。

そしてEはFと席が前後だったこととかもあってか、この二人は仲は良かった。でもEはグループからハブられないようにAが居る場面ではAに同調し、Fが居る場面ではFと仲良しこよし。板挟みになってるんですよね、Eは。

そしてAの後ろの席のCはFとは距離を置くものの、Eとは仲良し。人間関係って面倒ね。

最初はAはFをハブいて陰口を言ってたけど、FがそれでもめげずにAと話そうとしたので、結局はFもグループAに入ってたままだったんだけど、陰口の矛先がなくなったAは次の獲物を探すんですね。

僕みたいに人見知りの人はクラスにもう一人居たんですよ。その人をMとしますけども、最初はその人が対象だったんです。でもMの後ろに座っていたN。Nがすごくて、どこのグループにも属さない割に、どことのグループとも良好な関係を築いているんですよ。中立っていうんですかね。

んで、そのNがMに話しかけて、Mは打ち解けてNと仲良くなって、Nは中立の立場だからグループからは攻撃されないし、Nと仲よくなったMにも勿論攻撃が届かなくなったんです。アメリカの核の傘に守られている日本みたいに。

じゃあどこに矛先が向くか、察しのいい方はもうわかると思いますが、僕。

まずは「陰キャ、ぼっち」などの陰口から始まり、英語でプレゼンテーションをするときはAは周囲のグループAのメンバーに話しかけ、プレゼンテーションは聞かないし、ペアでキャッチボールをするときもAは出席番号順で僕の後ろだったし、ペアだったので僕とやるはずなのに、Aの後ろのCと始め、僕は独りになったり(男子は奇数だったから一人余る)、バレーの時間運動音痴なりにいくら一生懸命やってもAは「できないなりにやれよ」とボールを床にたたきつけてたり、チーム戦の時はハブられたり。

授業の時も出席番号でAは僕の後ろの席だったから、Aから消しカス投げられたり、椅子の足を蹴られたり。それを見てる周囲の人間はクスクス笑ってたり。

ある日の化学の時間。授業開始前に「起立、礼」とあいさつをするんだけど、その日はちゃんとしてなかったんですよ。まだ全員立ってないし、後ろ向いてくっちゃべってる人も居る。んで化学の講師の先生に「ふざけんじゃねえよ」と怒られ、10分くらい説教してたんだけど、怒られている挨拶係(A1)やくっちゃべってたやつら(Aの近くの奴ら)は不貞腐れたような表情。それにさらに先生がキレて「おい運動部の癖にあいさつできねえのかよ」「この学校の運動部は挨拶もロクにできねえのか」と説教。

皆さん、これ生徒と先生どっちが悪いと思います?僕は断然生徒の方が悪いと思うんですけど。

その日の放課後のHR、担任の女の先生。「あいさつしなかったくらいでねえ、あんなに怒りますかねえ。ありえないですよねえ」と生徒を擁護。この件の前から思ってたけど、この教師やたらと生徒(特にリーダー格の生徒)に甘いんですよね。

提出物の期限の日、忘れたら、リーダー格の生徒には「明日でいいよ」と言うくせに、そのほかの生徒には「再登校しなさい」と口調まで変える。こんな担任、教師ってありえます?ダメ人間製造人間じゃないですか。

秋の文化祭の時期、僕らのクラスはお化け屋敷をやろうって話になって。僕は係と担任に「BGMつくってくれなあい?」とキモくお願いされ、僕は引き受けました。情報の授業で僕がPCの知識がある、と言う話になってそれでお願いされたんだけど、BGM作ってCD持っていったら「ありがとう」と言ったのは学級委員の女子だけ。担任も何も言わないし、他の人も何も言わない。いやありがとうって言えよって恩着せがましいかもしれないけどさ、普通言うもんじゃない?大人なんだし。

その後BGMを流したんだけど僕を陰キャ呼ばわりしてたり、ちょっかい出して来てたグループAの奴ら含め「すごい」と言ってたけど、掌返ししてるようでウザかったね。都合のいい時だけ利用するっていう。

文化祭準備の時、ちょっとぽっちゃりしてた女子と同じ係だったんだけど、そのぽっちゃり系女子も僕みたいに陰口言われてて、一緒に居たら周囲の男女からくすくす笑われたり、コソコソ耳打ちしてたり。後日分かったんだけど、僕とそのぽっちゃり系女子は付き合ってるという根も葉もない噂を拡散してたらしい。低俗、愚民、低能、クズなんだなあ。

学年の最後に生徒会が生徒会誌を作るんですけど、その冊子にクラスページって言うのがあって、そこにクラスのメンバーが寄せ書きをしていくんですね。僕は「白紙で出しといて」と、冊子を編集する人に言って、その人も「わかった」って言ってこのことは終わったんですよ。

なのに後日、担任が僕に「生徒会誌の一言、まだ出してないでしょ」と言ってきて、僕は「白紙で出しといてって編集委員(編集する人)に言って、わかったって言われました」って言ったら、「なんでもいいから書きなさい」って言って「ですから、白紙で出すって言ってるじゃないですか」って言ったら「提出するまで帰っちゃだめよ」って言ってきて、ずっと僕の横に居るからしゃーなしに僕の名前を殴り書きして提出しました(笑)

生徒間で解決してるものをほじくり返してきて、それに自分の意見を押し付けるってホント酷いよなあ。別に書かなきゃいけないっていう決まりもないのに。てか編集委員も黙ってねえで言えよって。呆れる。韓国かよ(殴

そんなことが積み重なっていくうちに冬休み明けから学校に行くのが嫌になりました。でも高校は中学と違って休みまくっても進級できるわけじゃないし、進路にかかわってくるから仕方なく行ってました。

朝起きるとすごい体が重くて体を起こすにも両手で力を入れて起き上がり、朝食も味はしないし、学校の最寄り駅に着いた瞬間足は重くなって、階段上るだけで息は上がるし、高校の前の十字路になると急に腹が痛くなって足に力が入らなくなってふらふらするし、散々だった。

ある日学校の帰り、学校の最寄り駅で自分でも知らないうちに、ホームの黄色い線の外側に出てたんですよね。そこに通過する特急が入ってきたんですけど、警笛を結構早い段階で鳴らされて我に返って黄色い線の内側に下がりました。怖いのが自分でも無意識のうちに黄色い線の外側に居たっていう。

去年だったと思うんだけど、学校の最寄り駅で人身事故があって。特急車両に飛び込んだ人が、弾き飛ばされてホームの壁に衝突。その前には高校生が飛び込んだケースもあったみたい。同情っていうわけじゃないけど、こういうニュースを見ると悲しくなるよね。

そして、僕とFとFの友達の3人で合唱係だったんだけど、担任にCDをダビングしてくれないかと言われ(1枚しか配布されておらず、パート練習するときに不便だから)、僕は言われた通りダビングしました。んで担任は無言でCDを取って、「じゃあ練習しましょー」とクラスに呼びかけ。

学校だけで声が出なくなった時期にちょうど合唱コンクールがあって、ある日体育館で予行があったんだけど、僕は声が出なかったから口パクしてたら、予行後解散するときに「調子乗ってんじゃねえよ」とAに背中を叩かれたなんてこともあった。結構いい音してたし痛かったなあ。

合唱コンクール後に担任がお菓子を配ってたんだけど「じゃあ先に合唱係から。色々準備もしてくれてたしね。じゃあF君とFの友達君どうぞ。」え、僕は?結局こんなヒトからお菓子なんてもらっても嬉しくないし、それ以前に不快な気持ちになったのでさようならもせず教室を出て下校。露骨すぎて笑うわ。

高1の最後の登校日は集合写真も撮らず、さよならしたらそのまま教室を出て下校。このクラスに思い入れは無いし、やっとこのクラスとお別れだと、スキップしたくなるほどらんらん気分で廊下を歩いてました。まあスキップはしてないんだけどね。

高1の時の担任とは廊下ですれ違うことも多くて、頭下げて会釈してくるけど、僕は基本スルー。気分がいいときは会釈し返してたけど。てめえのやったこと忘れねえからな。

高校2年

過去にブログでも言ったことあるけど、高2の時はクラスメイトも担任の先生も最高だった。このクラスで卒業したかったって本当に思う。グループAの面々、リーダー格の人も居なかったし。

高1の時みたいにならないように、明るくなろうと、自己紹介でも明るく振舞ったり、作り笑いとかして最初の1ヶ月くらいは頑張ってたけど、明るい自分を演じるのに疲れて5月くらいからは反動で病み期に突入しました。

大体このあたりから、日によってテンションが高かったり低かったり上下するようになった。昨日はめちゃくちゃテンション高くて明るかったのに、今日はすごいテンション低いなんてことが続くようになります。今日に至るまで。

病み期ってどうなるかって、何をするのも億劫で、授業中とかもボーっとしてばっかりで。そんな時に話しかけてきてくれたのが、今僕の好きな人。詳しいことは過去記事(同性を好きになる難しさ、辛さ、苦しさ(前半はのろけ) - たきぶろぐ)に書いたから省略するけど、数学の自習の時間に「歴史やろっ」て話しかけてきてくれて、僕は一目惚れをしたという。

その日以降は一日中上の空で、授業中とか休み時間、バレない程度に彼のことを見てました。バレてたかは分かんないけど、後ろの席の人にはバレてたかも。明らかに黒板じゃない方向いてるんだもん(笑)

その子には勇気を出して遊びに誘って横浜とか江の島、つい最近は城ヶ島に一緒に行ったりしてすごい幸せだった。

修学旅行の時、たまたま部屋が一緒になって、彼がパジャマ忘れたって言って、修学旅行中パジャマ(ズボンだけだけど)貸してたこともあったなあ。僕ってたまに寝汗が酷いときがあるんですよ。酷い夢でも見たのか、単に暑かったのか分かんないけど、だから変えのパジャマを何着か持って行ってたんで、貸したっていう感じです。下心はないですよ。文化祭の時も彼ネクタイ忘れて僕に貸してーって言ってきたし、忘れん坊だなあと思いつつ貸してあげました(笑)。まあそこもかわいいところなんですけど。下心はないですよ(大事なことなので2回)。

修学旅行の時は好きな人の友達を数人部屋に招いて、みんなで大富豪やってた(笑)。僕の横に居た人も話しかけてくれたりしてすごい楽しかった。そもそもホテルの部屋割りも僕と僕の友達が2人余って、そこに僕の好きな人とその友達が加わったんだけど、好きな人もその友達も嫌な感じ出さないで、しゃべってくれたりして。とにかくみんな優しくていい人だなって思った。文化祭の時も夏休みに協力してくれた人も居るし、僕と二人きりで作業をしてくれた人も居るし。本当に良い人達。陰口もこのクラスに居て聞いたことないし。皆仲良くて先生も仲良しで、一年の時のような主従関係(笑)もなかったし。

修学旅行後の事後学習で放課後5時まで残った帰り、日もすっかり落ちて暗い中二人で帰ったんだけど、その時に彼が地方の大学を狙っているっていう話をしてきて、悲しいというか寂しい気持ちになりました。

冬休み後は本当に酷かったなあ(笑)。彼が地方の大学を狙っているということ、三年になるとクラス替えで彼と分かれる可能性があるということ、このクラスが最高すぎて三年のクラスが酷かったら嫌だなというのと、席替えで彼が初めて僕より後ろの席になって、授業中・休み時間に彼を見る機会が減ったっていうのと、欅が「黒い羊」という激重な曲を発表したりで()、もう病み通り越して闇期に突入。最後の3か月は本当に地獄だった。

そんな時、彼と江の島行こって誘って行ったはいいけど...、まあ酷かったね(笑)。本当申し訳ないなって今思う。灯台の近くの地面に横に並んで座って沈黙したのはホント気まずかった。僕はその横に並んで座ってるってだけで幸せだったからいいけど、彼からしてみれば、「自分から誘って来ておいて、会話も続かないし楽しくなさそうじゃん」って感じだったろうなあ(笑)

自分でテンションの上下を操れればいいんだけど、僕はまだその領域には達してないので未だに操れずにいます。誘った日はちょっと調子が良かったから良いけど、いざ行く日になるとテンション低くなるっていう。自分でもムカついた。

結局ずっと何もする気にならず、学年末テストでは赤点を連発し、ギリギリ進級できた感じ。2年の時はテスト勉強してなくて一桁の点数も普通に取ってたし(普通とは)、1学期末のテストなんて休んでたからね(調子が悪かった)。

いやでも本当は二年で学校辞めようって思ってた。このクラスが最高すぎて三年のクラスが一年のときみたいなクラスだったら嫌だし、好きな人と別のクラスになるってのも嫌だったし()、そもそも学校行くのが怠かったし。

ただ学校辞めるってなると親の同意が必要だった。でも僕の通ってた学校は単位を落とすと留年じゃなく退学になるから、その制度を利用して、わざと成績を落として退学になろうとしてたんよね。それ自体は成功したんだけど、いざ学年末になって、担任から電話かかってきて「進級できないかもしれません」って言われて。

その夜だったかな、ベッドで横になったら大泣きして。大泣きしたってことはまだこの学校に居たい、未練があるってことなんだなって思って、追試を必死にやって何とか進級できました(笑)。自分でも思うけど、こいつめんどくさい奴だな(笑)

追試がね、世界史で98点だったか92点を取らないと退学確定だったんだけど、ギリギリ1問ミスで合格してよかったねーっていう(笑)。世界史一桁から98点ってすごくない?w火事場の馬鹿力と言うかなんというか。

このこと(退学制度の悪用→大泣きして学校に居たい)を世界史の先生に話したら大笑いされましたけど(笑)。そんな笑うことなのかって思う。

まあそんなこんなで紆余曲折ありましたけど、なんとか三年に進級することができました。

ちなみに、一年の時に書かなかった生徒会誌のクラスページに一言書くのも、二年の時はちゃんと「ありがとうございました」って書いて提出しました。心の底からそう思えるほどいいクラスだった。三年の時も書いてないから、書いたのは二年の時だけ。それくらい僕にとっても特別なクラスだった。

高校3年

三年のクラスは一年の時ほどではないけど、二年のクラスと比べると劣ってた。

一年の時のグループAの面々も数人居たし、陰口で笑いを取るやつも居たり、これは完全に僕のワガママだけど、僕の嫌いなタイプな人も居たし。

始業式の日、僕はいつも通りクラスに一番乗りして自分の席に座ったんだけど、入ってきたのはグループAのメンバー。僕を見るなり「うっす」って頭を下げてきて、僕も会釈はしたけど、正直なんで声をかけて来たのかよくわかんない。

でもしばらくこのクラスで居ると、グループAの面々が「Aあいつ美容師になりたいらしいよ」「えーまじであの髪型でー」と笑ってたのを見て、彼らもAのことあまり良くは思ってなかったのかな、と思う。

その後も僕の前の席のグループAの人は話しかけてきてくれたし、なんか嬉しいというよりは気持ち悪いって言う印象。一年の時は僕の陰口言いまくってたくせに、三年になったとたん話しかけてきて。気持ち悪いでしょ(笑)

あと、僕の好きな人とたまたま同じ委員会になって、委員会の帰り一緒に帰ったり、保健委員だったんだけど、健康診断の準備の時に話したりした(笑)。委員会係決めの時、どれでもいいですって言って余りものの保健委員になったんだけど、そこで好きな人と同じ委員会になるとか、もう運命の赤い糸でつながってるとしか思えない(殴

三年になってからは調子が乱高下して、二年の時より酷くなってたからよく保健室にお世話になってましたね。そのたびに保健室の先生に「またー?」とか「今日はどうした―」とか言われるっていう(笑)。僕もサボってるわけじゃないからね、本当に調子が悪いんだから。

その証拠に体重も元々52,3kgしかなかったのにそこからさらに落ちて40kg台に逆突入しようとしてたし、6月あたりには夜眠れなくてスクールカウンセラーのお世話になったこともあります。SCの方に教わった方法で最初の2,3週間は寝れるようになったけど、慣れて来たのかだんだん寝づらくなって、結局また不眠になるっていう。

6月の頃、芸術鑑賞教室があって、有楽町に昼頃集合だったのかな。んで、僕はついでだし家早めに出て池袋にあるラスカルのお店に行こうって思って。ラスカルのお店にはUFOキャッチャーがあったんだけど、UFOキャッチャーでラスカルのぬいぐるみがとれたんですよ(笑)

店内に居たベビーカーに乗っていた子供とその母親が「すごいすごい」って言ってくれて、そのノリであげちゃおうかなって思ったけど、さすがにあげられなかった(笑)。大好きなんだもん。

そのラスカルを手に持って頭なでたり耳をいじったり、かわいがりながら運賃節約のため一駅歩いて東池袋に行ってたんですけど、道行く人から冷たい視線を浴びまくった(笑)。そりゃあ高校生が手のひらサイズのラスカルのぬいぐるみをにやにやしながら頭なでたり耳いじったりしてるんだもん(笑)。自分でも気持ち悪いと思うわ(笑)。でもそんくらい嬉しかった。

劇場の席に着いたときもリュックからぬいぐるみを取り出して、隣の人に「来るときにとったんだあ」って言って見せびらかしてた(笑)。普段話しかけてこない人が急に話しかけてきたと思ったら、ラスカルのぬいぐるみ見せびらかしてくるって、なんか気持ち悪いね(笑)。その人には「へえすごい。○〇君(僕)ってそういうの好きなんだね、全然イメージ無かった」って言われました(笑)。

その後僕のラスカル愛は暴走して、ロッカーのカギにラスカルのキーホルダーを、リュックにラスカルのキーホルダーを(後日鬼滅×ラスカルのものに付け替え)、クリアファイルをラスカルのものに、筆箱も東京スカイツリー×ラスカルのものに、ここだけの話何回か学校にラスカルのぬいぐるみを連れて行ったこともあった(笑)。というか二年の修学旅行の時にいつも抱いて寝てるラスカルを連れて行こうとしたけど、でかすぎてリュックに入ったはいいけど手荷物検査の時に引っ掛かりそうだったのと、帰りのお土産のこととか考えて結局連れていけなかった(泣)。普段抱いているラスカルが居ないから修学旅行の夜はなかなか寝れなかった(笑)

その後、教室移動で僕の好きな人のクラスを使わせてもらうときに好きな人に声をかけられたり、教室移動の時に「おはよ」って挨拶してくれたり、下駄箱で会ったときに一緒に帰ったり。二年の時に学校辞めてなくてよかったなあと思う。

ある日下駄箱で好きな人の姿を見つけたんだけど、僕はその日テンションが低かったから、一緒には帰らないようにしようと思って、彼が入り口を出た後に僕も入り口を出ようとしたら、彼が急にUターンして走ってきて、僕はぶつかりそうになってドア横の壁に手をついて、何とか衝突は避けたんだけど(素で「びっくりしたあ」って言っちゃったし)、下には彼が居るし、これ壁ドンじゃねって思って(笑)、周りからは冷たい視線を浴びせられるし、気まずくなって早歩きで帰ろうとドアを出たら、後ろから「さっき無視したでしょ」って彼がニコニコしながら話しかけてきて、いやなにその恋愛漫画みたいなセリフとシチュエーション。僕は何も返せず、結局そのまま一緒に帰ることになったんだけどね(笑)。ホントずるいわー。

 

進路指導の時、学年集会で「専門学校の人はAOエントリー早いから早く面談します」「専門学校の人は時間を取ります」とか言ってたくせに、いざ面談したら5分で終わったって言う。

僕の中で専門学校の選択肢は二つあったんですよ。で、どっちがいいのかって結構迷ってて、最終的に決めるのは僕自身ってのは分かってるんだけど、一応進路の先生のアドバイスも聴きたいなって思って進路室に行ったんですよ。

僕「こことここの二校で迷ってるんですよ、どっちがいいですかねえ」
先生「どっちもいい学校だからねえ、どっち行ってもいいと思うよ」
僕「ですよねえ」
先生「本当にやりたいのはどっちの方が近いの?」
僕「どっちも同じことを学べるんですよ」
先生「そっかあ、じゃあ好きな方選ぶといいよ」

いやいや、どっちがいいかを聞いてるのに好きな方選ぶといいよって、え?どっちの学校にも高校の卒業生行ってるんだから、その卒業生の声とかさ、もっとあるでしょうよw

僕も二年の時にオープンキャンパス行ってるからどっちもいいってのは分かってんのよ。どっちもいいから決めらんない。それに、オーキャンってその学校のいいとこしか見せないから、その実際の在校生の声とか聴きたいし、進路指導の立場から見た学校の雰囲気とか教えてほしいのに、「どっちでもいいよ」って何それ。質問しようとしても「ごめん次の人いるからまた今度ね」って。

もういいやって思って、結局専門学校の方から「AOエントリーまだですかー?」って電話かかってきたから今の学校に決めました。正直セールスみたいで胡散臭かったけど、何十年も前からある学校だし、実績もあったしここに決めました。後悔してるかしてないかはまだ分かんないけど、コロナの対応に関しては不満。これから授業も始まるし、それからかな、後悔するかしないかは。

それでさ、3月くらいになって担任から「合格発表の後にお世話になった先生に合否を報告してない、ありがとうございますって言ってない不届き者が居るようです」ってクラス全体に言ってたけど、あんな対応でなんで感謝しなきゃいけないのか(笑)。そのセリフ、一年の頃の担任に言ってほしいよね。

あとは卒業アルバムの話かな。卒業アルバムのクラスページに僕のクラスは小さい頃の写真と今(高3)の自分の写真を載せようってことになって、みんな写真を持ってきてねーってなったんですね。

僕は小さい頃から写真が嫌いで、高1の時にクラスの女に盗撮されてそれがTwitterに投稿されたってことがあって以降ますます嫌いになって写真に写ってなかったし、自撮りも嫌いだから今の写真なんてないし、アルバム係に「僕はいいや」って言ったら「分かった」って言われて解決。この流れ、一年の時もあったけど、この先どうなるか分かる?w

案の定担任が「写真持ってきてよ」と言ってきて、「いや、僕はいいよって言ったらアルバム係は分かったて言ってたから」って言ったら、

先生「でもアルバムに一人居ないってなると、変じゃない?」
僕「一人くらいいなくてもばれませんよ」
先生「そんなことないよ」
僕「実際体育祭の時、写ってなかったけど、分かんなかったでしょ」
先生「(数秒沈黙)でもさ、卒業アルバムで居ないとなると変な憶測呼ぶから」
僕「(絶対体育祭の写真に写ってないこと気づいてなかったでしょ)大丈夫ですよ。元々ぼっちで陰キャだし。てかそもそも写真ないですし出しようがないですし」
先生「今の写真は自撮りすればいいじゃない、小さい頃の写真は幼稚園とかの卒園アルバムとかあるでしょ」
僕「自撮りは絶対いやだ。自撮りするくらいなら死んだほうがマシ」
先生「そんなこと言わずにさあ、ね?あ、じゃあ今の写真は、三年になったときに撮ったクラス写真とかでもいいからさ」
僕「もういいじゃないですか、何でそんな頑なに載せようとするんですか。クラスページとは別にもう個人で撮ってるし、集合写真も撮ってるからいいじゃないですか」
先生「逆に何でそんな頑なに載せたくないの?」
僕「(質問を質問で返された笑)どうせクラスページ撮って『3年6組サイコー』とか言ってインスタにあげる奴居るから。ネット上に顔が公開されるんですよ、絶対ヤです」
先生「そりゃあそうだけどさあ、卒業アルバムくらいはさあ・・・」

とHR中にわざわざ別室に呼び出されてこんな話されたんだけどさ、結局埒が明かなかったので僕が譲歩して写真を載せることにしました。別に載せなくたっていいじゃんねえ。

その後アルバム係からみんながLINEで送ってくれた写真をCDに写真うつしてもらえないかと頼まれ(アルバム係の1人が1年の時と同じクラスで、僕がPCに詳しいということ、文化祭でBGMをつくったことを知っていた)、僕は最初は「自分たちでやって」「担任にやらせれば?」と断ったんだけど、結局自分たちじゃあできない、先生もできない(絶対できるだろ)と言われ、僕がやる羽目に。できないんだったら最初からアルバム係になんてなるなよ。自分たちでやるって言っといて他人に頼むとかマジなんなん?

と怒りながら、アルバム係にLINEで写真を送ってもらってそれをPCにうつしたんだけど、その時に僕のぼやけた写真も送ってきたんだよね。(多分三年の頭に撮った集合写真から切り取ったもの)僕はその写真をCDには写さず、自分抜きのデータをアルバム係に渡しました(笑)。職権濫用とはまさにこのこと。

その後先生に注意されたけど、結局CDにはデータを追加することもできなかったし、そのまま印刷業者に提出。後になって小さい頃の写真を出せと言われしぶしぶ出したけど、まあ小さい頃の写真だったら顔も変わってるしいいかな(笑)

つかさ、データ抜かれて怒るんだったら自分でやりゃあいいじゃないのwこっちは係でも何でもないのにやってあげたんだぞ。なんで文句言われなきゃいけないんだよw分かんなきゃ人に頼る前に、分かんなきゃ自分で調べろよ。テメエの持ってるスマホは飾り物か。尻に聞けよ。

てかできない人を係に任命した先生の任命責任を問いたいんだが。「責任は私にある」(Vo.安倍首相)

結局しつこく出せ出せと言われたので、クラスページには僕の小さい頃の写真だけ載せられました。皆小さい頃の写真と、高校の写真を載せているのに一人だけ小さい頃の写真だけ。逆に目立つだろって(笑)。小さい頃の写真も載せなくてよかっただろwこっちの方が変な憶測呼ぶだろうよ、先生。まあ僕が高校の写真のデータ消したからだけど。

1月の1週目で授業は終わり、それ以降は卒業式の練習の時だけ登校することになってたんだけど、僕はコロナで卒業式中止になるだろうなと思っていたので卒業式の練習はサボりました。欠席日数問題なかったからほんの2,3日サボったくらいで退学にはならないし。

結局卒業式は強行開催され、行けと親に言われたので渋々行きました。行って咳しまくって会場をピリピリさせようかなと思ったけど、さすがに不謹慎なのでやめました。こう見えてちゃんと理性ありますからね。

卒業式の時、呼名されて返事するじゃないですか。僕めっちゃ心臓バクバクしちゃって返事できなかったんですよね。近づいてくるにつれバクバクして、深呼吸して落ち着かせようとしたけど、結局返事できなかった(笑)。まあでも変に緊張して中途半端に小声で返事したり、声が上ずるよりは、無言の方がマシでしょ。

卒業式後写真撮ろうってなったけど、僕は写りたくないからみんなが教壇に並ぶ中イスに座ってユニエアスマホ見てたんだけど、僕はいいって断ってるのに、先生が長々と説得してきて、結局先生は説得を諦め僕抜きで撮影。案の定、後日インスタには3年6組サイコーと、集合写真が投稿されてましたとさ。チャンチャン。

さようならしてクラスのみんながしゃべったりワイワイしてるなか、僕は盛り上がる他のクラスを横目にイヤホンでアンビバレントを聴きながらランラン気分で下校。

普段は思ってないけど、この時くらいは「一人で帰る俺カッケー」って思っちゃったねwアンビバレントがすごい気持ちよかった。そのまま踊っちゃいそうなほどに気持ち良かった。

好きな人には会わないの?って思うかもしれないけど、卒業式の前に城ヶ島に行く約束をしてたし、卒業後に会えるからいいかなって思った。ぶっちゃけ制服姿の彼を見たかったっちゃあ見たかったけど、廊下歩いてるときに彼のクラスを見たら、みんな教卓の周りに集まってスマホを見てて(多分集合写真の出来高を見てたんだろうけど)、彼も彼の横の人と楽しそうに笑って話してたから、雰囲気壊したくないからやめた(笑)。待つのもいいけど、待ったところで彼には彼の友達が居るし、そのまま帰った(笑)

彼はLINEで「大学行っても一緒にどっか行こ」って言ってくれたし、寂しい、悲しいという気持ちはみじんもなくて、寧ろ解放感、やっと終わった!っていう嬉しさの方が強かった。多分二年のクラスで卒業してたら大泣きしてたと思うけど、三年のクラスはそこまでだったし、最後の最後に不快な思いしたから(笑)

 

高1の時に経験したグループAとその周りの人間関係の複雑さ、陰口や悪口、高2の時に経験した恋愛、高3の時にも経験した人間関係の難しさ。

人間関係って外から見てた方が楽しい、面白いなと実感した三年間だった。ドラマみたいで面白い。テラスハウスみたいな恋愛リアリティ番組より、こういうドロドロの人間関係を描く番組を見てみたい(笑)。

高2から今に続く恋愛も、正直こんなに好きになるとは思ってなかったし、人のことをこんなに好きになるの、生まれて初めてっていうドレミソラシド状態。男と男の恋愛なんて上手くいかないこと分かってるんだけど、好きが止まらない。これから先の未来、彼以上に好きになる人を見つけられるのかと言われると、多分無理。一生分の「すき」を使い果たしそう(笑)

失恋したときどうなるか、自分でも怖いくらい。この関係が続けばいいんだけど。

というわけで、複雑な人間関係に、ありえない教師との出会いに陰口言われて死にかけたり、好きな人との出会い、恋愛に、不眠症になりかけたり、卒業アルバムで揉めたり、波乱万丈な高校生活でした。

高校のアルバムってこういう複雑な人間関係とか見えないよね。見えないようにきれいに編集してるんだろうけど、それって都合よく改ざんしてるのと同じで、僕は好きじゃない。僕の書いたこの記事が高校の卒業アルバム。

13500文字を超える長文、お読みいただきありがとうございました。
今後もたきぶろぐ、たきをよろしくお願いします!