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【「僕」は幸せに死ぬ】YOASOBI「夜に駆ける」考察

【「僕」は幸せに死ぬ】YOASOBI「夜に駆ける」考察

僕が最近ドハマりしているYOASOBIさんの「夜に駆ける」の考察をしていきたいと思います。

また、「夜に駆ける」だけではなく、原作小説の「タナトスの誘惑」にも触れています。ネタバレも含むので、まだ読んでいない方はご注意ください。

【大前提】この世には2種類の人間が居る

「夜に駆ける」の原作小説「タナトスの誘惑」には以下のことが書かれています。

世の中には2種類の人間がいるという。

生に対する欲動──「エロス」に支配される人間と、

死に対する欲動──「タナトス」に支配される人間。

出典:タナトスの誘惑 | 章詳細 - monogatary.com
著:星野舞夜

エロスというのはギリシャ神話で「愛の神」のことで、タナトスというのは同じくギリシャ神話で「死神」、「死への誘惑」のこと。

この愛の神エロスと死神タナトスに支配される2種類の人間が居るということが、この小説と「夜に駆ける」の大前提となります。

そして、小説と楽曲では「僕」と彼女の「君」の2人の人間が出てきます。どちらがどちらなのか、小説・楽曲を味わっていくと分かりますが、ここでは触れずに続けていきます。

「僕」と「君」の出会い

「さよなら」だけだった その一言で全てが分かった
日が沈み出した空と君の姿 フェンス越しに重なっていた

初めて会った日から 僕の心の全てを奪った
どこか儚い空気を纏う君は 寂しい目をしてたんだ

出典:YOASOBI『夜に駆ける』
作詞・作曲:AYASE

彼女は「さよなら」とだけLINEを送ってきます。僕はその一言で彼女が何をするのか、何をしているのかが全てわかります。なぜなら、彼女が自殺を図る時必ず「さよなら」と僕に連絡をするから。そして、僕はこの連絡が来ると彼女の居るマンションの屋上へと走っていきます。「その一言で全てがわかった」という歌詞から、彼女はこれまでに何度も自殺を図っていたことが分かります。僕はそんな彼女を見て、彼女は「タナトス」に支配される人間だと思っています。

僕が屋上に着くと彼女は屋上のフェンスの外側に立って、僕が来るのを待っていました。日が沈みだした空と、君の(彼女)の姿がフェンス越しに重なっていました。

そして、場面は転換して僕と君が初めて会った日の描写。僕はその容姿や儚い空気をまとい、どこか寂しそうな眼をしていた彼女に一目惚れをしました。

君の自殺を止める僕

いつだってチックタックと 鳴る世界で何度だってさ
触れる心無い言葉うるさい声に 涙が零れそうでも
ありきたりな喜びきっと二人なら見つけられる

騒がしい日々に笑えない君に 思いつく限り眩しい明日を
明けない夜に落ちてゆく前に 僕の手を掴んでほら
忘れてしまいたくて閉じ込めた日々も 抱きしめた温もりで溶かすから
怖くないよいつか日が昇るまで 二人でいよう

出典:YOASOBI『夜に駆ける』
作詞・作曲:AYASE

僕はなぜ彼女が何度も何度も自殺を図るのかは分かりません。でもいつだってチクッタクとせわしなく動く世界でも、心無い言葉や煩い声に傷ついて涙が零れそうでも、ありきたりな喜びを、僕と君の二人なら見つけられると説得します。

騒がしい日々に笑えない君に、僕は思いつく限り眩しい明日を与えるから。明けない夜というのは「死」を意味していると思います。彼女が飛び降りようとしている時間は日が沈みだした夕方。今飛び降りて死んでしまえば、彼女は次の朝を迎えることはできず、一生夜、暗闇の世界へ行ってしまいます。そうなる前に、「僕の手を掴んで、明日も生きよう」と僕は必死に説得します。

忘れてしまいたくて閉じ込めた日々も抱きしめた温もりで溶かすから、今が苦しくてもいつか日が昇って明るくなる時まで二人で居よう。僕は君のことが本当に好きなので、必死に説得を続けていることが1サビから伝わってきます。

死神タナトスに見惚れる彼女

君にしか見えない 何かを見つめる君が嫌いだ
見惚れているかのような恋するような そんな顔が嫌いだ

信じていたいけど信じれないこと そんなのどうしたってきっと
これからだっていくつもあって そのたんび怒って泣いていくの
それでもきっといつかはきっと僕らはきっと 分かり合えるさ信じてるよ

出典:YOASOBI『夜に駆ける』
作詞・作曲:AYASE

「君にしか見えない何か」というのは死神タナトス。原作小説「タナトスの誘惑」において、死神タナトスについて以下のような描写がされています。

彼女には、「死神」が見える。「タナトス」に支配される人間に稀に見られる症状なのだという。

そして「死神」は、「タナトス」に支配されている人間にしか見ることができない。

(中略)

死神は、それを見る者にとって1番魅力的に感じる姿をしているらしい。いわば、理想の人の姿をしているのだ。

出典:タナトスの誘惑 | 章詳細 - monogatary.com
著:星野舞夜

彼女がタナトスに支配されていることは、僕も知っており、その死神タナトスはそれを見るもの(君・彼女)にとって1番魅力的に感じる姿をしており、彼女にとって理想の人の姿をしているとのこと。

僕はそんな理想の人、死神タナトスに見惚れる彼女の顔が嫌いと言っています。なぜなら僕は彼女のことが好きだから。彼女が他の人に見惚れると僕は嫉妬に近いような気持ちを抱く。

しかし、僕は死神タナトスに支配されていない人間。「死神が見える」と言われても、僕には見ることができないのだから信じることなんてできない。「幽霊が見える」と言われても幽霊なんかいないよ、と信じない人と同じです。これから二人で同じ時を過ごしていくことになれば、長く一緒に居ればその分、信じていたいけど信じれないことなんてたくさん出てきます。そのたびに怒って泣いて、言い争いをしていくの?と君に話します。でも僕はこうやって何度も何度も説得をしていけば「いつかは分かり合える」と信じています。

僕が内なる僕に気づく

もう嫌だって疲れたんだって がむしゃらに差し伸べた僕の手を振り払う君
もう嫌だって疲れたよなんて 本当は僕も言いたいんだ

ほらまたチックタックと 鳴る世界で何度だってさ
君の為に用意した言葉どれも届かない
「終わりにしたい」だなんてさ 釣られて言葉にした時
君は初めて笑った

騒がしい日々に笑えなくなっていた 僕の目に映る君は綺麗だ
明けない夜に溢れた涙も 君の笑顔に溶けていく

出典:YOASOBI『夜に駆ける』
作詞・作曲:AYASE

彼女は必死に説得を続ける僕に「もう嫌だ、疲れた」と言い、がむしゃらに差し伸べた僕の手を振り払います。そんな彼女を見て僕も「もう嫌だ、疲れた」と思います。

チックタックとせわしなく時が過ぎていく世界で、何度も君の(説得の)為に用意した言葉はどれも届かず、僕も疲れて「終わりにしたい」と彼女につられて言うと、彼女は初めて笑いました。

夜に駆けるでは「終わりにしたい」という言葉になっていますが、原作小説ではストレートに「僕も死にたいよ!」と言っています。作曲するにあたってリズムと合わせるためなのか、ストレートな言葉を避けたのかは分かりませんが、ここでは「終わりにしたい=死にたい」と捉えたいと思います。

そして、1サビでは僕が君に「騒がしい日々に笑えない」と言っていたのに対し、ここでは逆に僕が騒がしい日々に笑えなくなっていたと描写されています。そして、明けない夜に居たのは彼女ではなく、僕だった。そして、君の笑顔を見て僕は嫌な気持ちがすべて溶けていくことを感じました。そして、僕は「死にたい、嫌だ、疲れた」といった内なる僕に気づき、君が僕にとっての死神タナトスであったことに気づきました。

夜に駆け出していく

変わらない日々に泣いていた僕を 君は優しく終わりへと誘う
沈むように溶けてゆくように 染みついた霧が晴れる
忘れてしまいたくて閉じ込めた日々に 差し伸べてくれた君の手を取る
涼しい風が空を泳ぐように今吹き抜けていく
繋いだ手を離さないでよ
二人今、夜に駆け出していく

出典:YOASOBI『夜に駆ける』
作詞・作曲:AYASE

そして、毎日変わらずチックタックと同じようにせわしなく動く世界、心無い言葉、煩い声に傷つく日々に泣いていた僕を、君は優しくこの日々の終わりへと誘います。君の笑顔・優しさに溶けてゆくように染みついた霧が晴れていきます。染みついた霧というのは比喩で、これまでの疲れや嫌なこと、全て。忘れてしまいたくて閉じ込めた日々に手を差し伸べていたのは僕だと思っていたが、実際は君・死神タナトスだった。

マンションの屋上、フェンスの外側に二人で立つと涼しい風が空を泳ぐように吹き抜けていきます。死神タナトスは「繋いだ手を離さないでよ」と言いながら、手をつないだまま夜に駆け出していきました。

曲の始まりでは「日が沈みだした空」でしたが、説得や言い争いをしているうちに日は沈み、夜になっていました。それほど長い時間説得を続けていた僕は彼女のことが本当に好きで、生きてほしかったと思っていたんだろうなと思います。

ハッピーエンドかバッドエンドか

曲の終わり、「僕」は夜に駆け出し、人生の終わりを迎えましたが、これがハッピーエンドかバッドエンドか、意見が二分されると思います。

しかし、僕はハッピーエンドだと思います。「僕」は死神タナトスに支配されていた人間でしたが、死神タナトスは「死にたい」と思った人間の前にしか現れません。つまり、僕は自覚がなかっただけで、彼女に出会う前から「死にたい」と思っていた。そのうえ、彼女は死にたいと思っている「内なる僕」に気づかせてくれた。

さらに、最後のサビの「忘れてしまいたくて閉じ込めた日々に 差し伸べてくれた君の手を取る」という歌詞からも、僕が内なる僕に気づかせてくれた彼女に感謝の気持ちを抱いていることも分かります。

そして、タイトルにもなっている「夜に駆ける」という歌詞。駆けるという言葉は「速く走る」という意味を持つことから、僕と死神タナトスは死に対して恐れることなく、死ぬことを駆ける(速く走る)と表現していることから、僕にとっては内なる僕に気づくことができ、嫌だと思っていた変わらない日々を終わらせることができたうえ、魅力的に感じていた死神タナトスと最期を迎えることができたので、「僕」にとっては幸せに死ぬことができ、ハッピーエンドだったのだと思います。

そして、「タナトスの誘惑」、「夜に駆ける」のあとがき的立ち位置の小説、「夜に溶ける | 章詳細 - monogatary.com」では、夜に駆け出していった後の彼女が描かれています。

この小説を読むと、死神タナトスも「僕」に好意を抱いていたことが分かります。しかし死神の役割は「死にたいと思う人を死なせてあげる(殺す)」こと。好意を抱きながらも「僕」を殺さなければならないことに、彼女もまた寂しいなと複雑な感情を抱きます。

しかし、役目を終えた彼女は恐らく「僕」と同様、死ぬことになる。彼女は星になるか、生まれ変わって蝶か花になるか、人間に生まれ変わるか、迷っていることが描かれていますが、人間に生まれ変わるという部分で以下のようなことが書かれています。

人間でいることは苦しいと思っていたけれど、あなたと一緒なら大丈夫なのかもしれない。

そしたらいつか、あなたが心から幸せそうに笑う姿を見てみたい。もちろん、私の隣で。

出典:夜に溶ける | 章詳細 - monogatary.com
著:星野舞夜

彼女は複雑な感情を抱いているものの、最終的には僕と相思相愛であったことが描かれており、二人は結ばれたため完全なハッピーエンドとは言えないものの、逆にバッドエンドとも言えないと思います。

彼女が人間に生まれ変わり、生まれ変わった僕と一緒になることができたら完全なハッピーエンドでしょう。しかしそれは、「君」と「僕」の二人にしか分からないこと。二人がまた一緒になれるといいですね。