たきぶろぐ

「大人」になりたくない人の雑記

櫻坂46『何歳の頃に戻りたいのか?』を考察。夢を見るなら先の未来がいい。

櫻坂46『何歳の頃に戻りたいのか?』を考察。夢を見るなら先の未来がいい。

先日公開された『何歳の頃に戻りたいのか?』、ミュージックビデオを見た多くのbuddiesの皆さんはすごく感動されたのではないかと思います。

まさに「新櫻前線」。前・未来へと進む櫻坂46の強い意志が込められた楽曲。今日はそんな『何歳の頃に戻りたいのか?』を考察します。

櫻坂46『何歳の頃に戻りたいのか?』ミュージックビデオ

櫻坂46『何歳の頃に戻りたいのか?』歌詞考察

非生産的日常を過ごす「あんた」に腹が立つ

All day ずっと ソファーに寝そべって
スマホを見てる非生産的日常
あんたを見てると腹が立つ 一瞬 殺意さえ浮かぶ
悩み一つないなんて 世の中 舐めてるんだろう?

出典:櫻坂46『何歳の頃に戻りたいのか?』
作詞:秋元康 作曲:ナスカ 編曲:APAZZI

一日中ずっとソファーに寝そべりスマホを見て、非生産的日常を過ごしている「あんた」を見て、この曲の主人公は殺意が浮かぶほど腹が立っています。

「あんた」はおそらく主人公に「悩み?そんなのないよ」とでも言ったのでしょう。主人公は「世の中舐めてるんだろう?」と応えます。

櫻坂では「君」が登場することは多かったですが、「あんた」というのは珍しいというか、これまでありましたかね?普段は使わない呼称を用いているあたり、相当腹が立っているのでしょう。

ピッチャーゴロに全力で走ってたあの日

夕暮れのグラウンドで一人
ピッチャーゴロに全力で走ってたあの日
間に合う 間に合わないは 生きる答えじゃなく 僕のイノセンス

出典:櫻坂46『何歳の頃に戻りたいのか?』
作詞:秋元康 作曲:ナスカ 編曲:APAZZI

この曲の主人公の「僕」は、夕暮れのグラウンドで一人、ピッチャーゴロに全力で走っていました。「あの日」ということから、これは過去の出来事・思い出であることがわかります。

ピッチャーゴロに間に合うか、間に合わないかは「生きる答え」というほど難しく考えているわけではなく、ただ「ボールを取りたい」という、純粋さ、無邪気さ。

生きる答えはそう簡単に出るものではない。「あの日の僕」はそんな難しいことは考えず、ただ無邪気に、純粋な気持ちで、目の前のボールを取るために全力で走っていたのでしょう。

記憶の目盛りの合わせ方を忘れた

自分が 何歳の頃に戻りたいか
記憶の目盛りの合わせ方を忘れた
(Go on back)
最高の日々は終わった?
幸せな日々は消えた?
輝いた瞬間は遠く
(Those days)
過去に 戻れやしないと知っている
夢を見るなら 先の未来がいい

出典:櫻坂46『何歳の頃に戻りたいのか?』
作詞:秋元康 作曲:ナスカ 編曲:APAZZI

この曲の主人公「僕」は、そんな難しいことは考えず、ただ無邪気に、純粋な気持ちででピッチャーゴロに全力で走っていた過去に戻りたいと思っていたのでしょう。しかし、記憶の目盛りの合わせ方を忘れ、戻ることができなかったよう。「Go on back」、命令形で「後ろ(過去)に行け」と言っているので、よほど当時に戻りたいようです。

ピッチャーゴロに全力で走っていた「Those days(当時)」を思い出し、「最高の日々は終わった?」「幸せな日々は消えた?」「輝いた瞬間は遠く」と、主人公「僕」にとって、当時が「最高の日々」「幸せな日々」「輝いた瞬間」であったことがわかります。

しかし、主人公がいくら「Go on back those days(当時、あの頃に戻れ)」と願ったとしても、主人公も馬鹿ではないので「過去に戻れやしない」と知っている。

「あの頃に戻りたい」という願っても叶うことのない夢を見るなら、願えば叶うかもしれない先の未来を夢見た方がいいということを主人公は思います。

「記憶の目盛りの合わせ方を忘れた」というのは「忘れた」というよりも、過去に戻れないことは分かっていても、どうにかして戻れないかという、主人公の叶わぬ願いでもあったのかもしれません。

現状維持でいいんだ

一体 何に挫折したんだろう?
目指した夢がなんだか 思い出せなくなった
腹立つあんたはよく似てる 現状維持でいいんだ
明日に期待しなきゃ 傷つくこともないさ

出典:櫻坂46『何歳の頃に戻りたいのか?』
作詞:秋元康 作曲:ナスカ 編曲:APAZZI

「過去に戻りたい」と強く願うということは、主人公の僕は今現在に何かしらの不満や、「生きる答え(簡単に解決できない問題)」で悩んでいるのかもしれません。「一体何に挫折したんだろう?目指した夢がなんだか 思い出せなくなった」というのが、それを表現してます。

1サビ前でピッチャーゴロに全力で走っていたことから、当時の主人公「僕」は野球選手などを夢見ていたのかもしれません。主人公「僕」が今現在何をしているのかは分かりませんが、仮に筆者と同じように会社員をやっていると仮定し、会社で毎日仕事をしているうちに夢が何だったのかを思い出せなくなったのではないでしょうか。

以上を考慮すると、1番のAメロで主人公の「僕」が「あんた」に殺意さえ浮かぶほど腹が立っていたのがわかりますね。自分はすごく悩んでいるのに、スマホをずっと見て「悩み?そんなのないよ」なんて言われたら、そりゃあ腹立ちますよ。そして、そんな「あんた」に、主人公「僕」が似ていることに気づいてしまいます。

この展開、『Start over!』でもそうでしたね。1番では「君(あんた)」に腹立っている、物を言っているのに、2番では実は「僕」と「君(あんた)」が同じ穴の貉だったというパターン。『Start over!』の考察記事も書いているので、良かったらご覧ください。「櫻坂46『Start over!』歌詞を考察。なぜ数秒前からやり直す?欅坂46との関係は? - たきぶろぐ

悩みもなく、一日中スマホを見ている非生産的日常でいいんだ、明日に期待しなきゃ傷つくこともない。「明日はきっと何か起こる!」と期待して、何も起こらなければ期待を裏切られて勝手に傷つくだけ。明日に期待しなければ傷つくこともない。

「チケットあたってほしい!」と願い、チケットが外れたらショックだけど、「当たればいいや」「外れてもいいや」と思って当たったらラッキーって感じですね。ゆいぽんの卒コン・全国ツアー今のところ全落なので当たってほしいんですけどね、そろそろ。

どこかを走る列車

真っ暗なグラウンドの風は 
どこかを走る列車の汽笛を運んで
行き先がどこかなんて 今はどうでもいい 微かなリグレット

出典:櫻坂46『何歳の頃に戻りたいのか?』
作詞:秋元康 作曲:ナスカ 編曲:APAZZI

1番Bメロは夕暮れのグラウンドでしたが、ここでは「真っ暗なグラウンド」になっていますね。これは、1番は「あの日(過去)」であったのに対し、2番では「今」を表しているためです。過去から未来へ時が進んでいるのを、夕暮れから真っ暗なグラウンドと表現しています。

真っ暗なグランドに居る主人公「僕」は、風が運んできた列車の汽笛の音を聞きますが、「行き先がどこかなんてどうでもいい」と言います。

列車というのは決められたレールの上を走っています。よく「親がレールを敷く」と言いますが、レールは人生に例えられがちです。

仮に主人公の「僕」が「ピッチャーゴロに全力で走ってたあの日」と同じグラウンドに居たとすれば、この列車というのは主人公の「僕」なのではないでしょうか。レールを順調に走っていれば、この列車の行き先である当時の夢だったであろう「野球選手」が叶っていた。

しかし、今その列車はどこかを走っている。つまり、列車は主人公「僕」ではなくなり、僕は「どうでもいい」と投げやりになってしまいます。でも、やはりその夢はまだ捨てきれていなくて、微かに後悔している。

本当にあの頃楽しかったか?

本当に あの頃 そんな楽しかったか?
きっと 特別 楽しくはなかっただろう
(Go on back)
思い出の日々は普通だ
目に浮かぶ日々は幻想
美しく見えるだけさ
(Those days)
大人になったその分だけ
青春を美化し続ける

出典:櫻坂46『何歳の頃に戻りたいのか?』
作詞:秋元康 作曲:ナスカ 編曲:APAZZI

微かに後悔はしているものの「本当にあの頃そんな楽しかったか?」「きっと特別楽しくはなかっただろう」と自問自答しています。

僕は帰宅部だったので、ピッチャーゴロに全力で走っていた主人公「僕」の気持ちは分かりません。しかし高校時代を思い返してみれば、同じクラスの運動部の生徒たちは顧問や監督への愚痴や、「キツい」「バイトできない」など、そんな話をしていた記憶があります。僕はそんなとき「そんな嫌なら辞めればいいのに」と思っていましたが笑。

今は過去を見て「楽しかった日々」「幸せな日々」「輝いた瞬間」と思っていましたが、当時は当時で「キツい」「嫌だ」などと思っていたのかもしれません。

「あれ、それって今と変わらなくない?」「普通じゃん」って主人公「僕」は気づきます。そう、今に不満があるから過去に戻りたいと思っていたけど、過去は過去で不満があった。

目に浮かぶ「幸せな日々」は美しく見えるだけの幻想。大人になればなるほど「あの頃は良かったよね」と、青春時代を美化し続けます。

ドラマなどでよく中高年の人たちが「俺たちの若かった頃は・・・」なんて言っているシーンがあります。でも、20代や30代でそんなことを言っている人って少ないですよね。「大人になったその分だけ 青春を美化し続ける」という歌詞、すごく的を射ているなと思います。

こんな今もいつの日か輝くんだ

今が過ぎる足音が聴こえなくて
(目の前の景色に 意識を奪われて)
こんな今もいつの日か輝くんだ
(大人への階段)

出典:櫻坂46『何歳の頃に戻りたいのか?』
作詞:秋元康 作曲:ナスカ 編曲:APAZZI

「生きる答え(簡単に解決できない問題)」にあれこれ悩んでいる様子を「今が過ぎる足音が聴こえない」「目の前の景色に 意識を奪われて」と表現しています。

そして、そんな日々もいつかは「あの頃はよかったね」「あの時は輝いていたね」「あの時は幸せだったね」と、大人になった分だけ輝く。主人公の僕は「過去に戻りたい」と夢を見るのではなく、「大人への階段を上る(未来に進む)」ことを決意します

夢を見るなら先の未来がいい

自分が 何歳の頃に戻りたいか
記憶の目盛りの合わせ方を忘れた
(Go on back)
最高の日々は終わった?
幸せな日々は消えた?
輝いた瞬間は遠く
(Those days)
過去に 戻れやしないと知っている
夢を見るなら 先の未来がいい

出典:櫻坂46『何歳の頃に戻りたいのか?』
作詞:秋元康 作曲:ナスカ 編曲:APAZZI

1番サビと歌詞は同じですが、意味合いは変わっていると思います。

1番サビでは「記憶の目盛りの合わせ方を忘れた」という歌詞について「『忘れた』というよりも、過去に戻れないことは分かっていても、どうにかして戻れないかという、主人公の叶わぬ願いでもあった」と考察しました。

しかし、ここでは「大人への階段を上る」という決意をした後のため、「忘れた」というのは本当の意味で「忘れた」のでしょう。「忘れた」というより「捨てた」の方が良いかもしれません。「記憶の目盛りの合わせ方?もうそんなの必要ないから捨てた!」という感じでしょうか。

そして、最後は「夢を見るなら先の未来がいい」、改めて大人への階段を上ることを決意し、『何歳の頃に戻りたいのか?』は幕を閉じます。


「あの時に戻りたい」という気持ちは誰しもあると思いますが、そんな叶うことのない夢を見るのなら、未来の夢を見た方がいい。未来は今次第で変わるし、どうせこんな「今」も歳を重ねて行けば「あの頃はよかった」と美化されるのだから。

櫻坂46も欅坂46から改名し、「欅坂46の方が良かった」という声をチラホラと見かけますが(亡霊欅オタなんてのも居ますし)、過去には戻れないし、どうせ未来は「櫻坂46になってよかった」って言う。過去なんて振り返ることはせず、今はただ未来へ向かって進むのみ!

まさに「新櫻前線」。櫻坂46新時代の幕開けにふさわしい楽曲ではないでしょうか。