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【欅坂46】『避雷針』をなぜ平手は歌わなかったのか。

欅坂46 『避雷針』

欅坂46 『避雷針』 YouTubeより

先日のベストヒット歌謡祭で、欅はテレビ初披露となる『避雷針』を披露しました。

日向の『キュン』、乃木坂の『Sing Out!』の後での披露になったのですが、会場の空気がガラッと変わったのがテレビから見てても伝わりました。

『避雷針』披露後、ツイッターやヤフーのトレンドに入るなど話題になりましたが、そんなか「平手は口パクすらしない」などという投稿を見かけます。

なぜ平手は『避雷針』を歌わなかったのでしょうか。

決して「サボり」ではない

ヒントは「君」と「僕」

欅の歌詞にはたびたび「君」や「僕」という言葉が出てきます。

サイレントマジョリティーをはじめ、エキセントリックや不協和音等々ですね。

これらの曲では「僕」は群れを嫌い、しっかりとした自分を持ち、周りからは白い目で見られ、黒い羊のような浮いたような存在で、「君」は「僕」の唯一の理解者、「僕」が唯一信頼している人のように思えます。(解釈は人それぞれです)

しかし、避雷針の歌詞を見てみると、避雷針の「僕」は上で挙げた曲たちの「僕」とは違うことがわかります。

実は、避雷針の「僕」はこれまでの曲で言う「君」で、「君」が「僕」なのです。簡単に言うと、これまでの曲と二人が入れ替わっているということです。

サイレントマジョリティーや不協和音などの「僕」は平手が演じてきましたが、「避雷針」の主人公は「君」で、歌詞を見るに「君」が「僕」に宛てたメッセージであると取れます。

そのため、平手が「避雷針」を歌うと、「僕」が「僕」に向かって歌っている(自分で自分に向かって歌っている)という、おかしなことになってしまいます。

確かにCDや音源には平手の声が入っているのですが、ユニゾンエアー(欅と日向のリズムゲーム)に収録されている去年の「避雷針」のライブ映像でも、平手は歌っていません。

正確な時期は分かりませんが、より欅の世界観を大切にしようと考えた結果、平手が歌わなくなったのだと思います。

欅のことをまだ知らない方にとっては「せっかくセンターなのになんで歌ってないんだ」と思われるかもしれませんが、欅のメンバーは世界観や歌詞、歌そのものを大切にしているので、センターが歌わないということになったのだと思います。

※筆者は欅ファンなので、欅を全力で擁護してます。

真相は欅側の人間しか知らないので、これだ!という断言することはできませんが、かといって「平手のサボりだ」とも断言することもできません。

勝手に決めつけて誹謗中傷をするような人は理解しがたいですね...。